ここは筆者の普段の生活を綴っております。
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11月29日(木)
世界中の皆様へAプロモビデオ> 

<MLSBlog>

2002年ワールドカップの後に日本を飛び出してから持ち続けてきた夢を今日、立ち上げることが遂に出来ました。

始めは夢でしかなかった。誰もが見るような単純な思いつきだった。でも、そこから実現に向けて毎日考えた。

自分の国際部は上司のネルソンが常日頃からこう言う。

「仕事は夢がなければ駄目だ。言われたことをしているだけでは、駄目だし、仕事がつまらなくなる。
だからうちの部では業務時間の80%を既存の業務に充て、残りの20%は自分の夢に関する事業を
練りなさい。何か思いついたら、自分なりにリサーチを始めたり、ビジネスプランを策定してみなさい。
ある程度固まったら、俺の所にもって来い。俺を説得できるビジネスプランで、うちの部のビジョンに沿った夢事業なら、
それを夢から現実のプロジェクトに移行させてあげる。
そうでないと仕事はつまらないだろ?
夢を実現するにはどうしたら良いのか、自分なりのアタリを付けて、計算をして、いけそうならもってこい」

自分は、アメリカのプロサッカー発展に従事しつつも、心の中ではいつも母国のサッカーのことも考え、
何か両国の架け橋になることは出来ないか、いつかアメリカにいても、おこがましく今のこの経験を糧に
「Jから世界へ!」と貢献できないものか、と。 
バルサツアーの会場責任者で燃えてても、ゴールドカップの会場責任者で燃えてても、スーパリーガで会場責任者として
燃えてても、いつもこの大会のことばかり考えてた。

通常業務での経験は全て、この大会をいつか立ち上げるときのための糧にしようと、いつも考えて仕事してた。
いきなり、やれ!と言われてから準備をしても遅い。今のうちから自分なりの準備をしておかないと。

休暇で日本に帰っても1日に3件打ち合わせやヒアリングをこなすのは当たり前だった。
自分の夢を営業する日々。勿論皆が皆協力的とは限らない。
でも自分の夢だったので、折れることなく頑なに語って回った。
自分が信じなければ他人が信じるはずはない、と想って。
友達や家族に会う時間も削って、語って回った。
だから日本からアメリカに戻ってきてもオフィスで「休暇はどうだった?」と聞かれても「う〜ん仕事してた」と。
勿論信じてもらえないことの方が多いけど、説明するのも面倒だった。

昔、自分の思い入れのない機械のマーケティングをしている時は、自分もその機械が何なのか良く解っていなかったから
てんで人に売ることも出来なかった。
でもそれは当たり前のことですよね。

通常業務が忙しいくて20%も使えなかったときは、仕事から帰宅しても夜は夜でPCに向かって事業計画書を練った、
気がつけば朝、ということもあった。
通勤の地下鉄の中でも練りに練った。
色々な人の意見も聞いて回った。

「また夢みたいなことを〜」、「何だっけあのハワイのイベント」、「ハワイ?遊びに行きたいだけでしょ?」
「面白そうだね、頑張って・・・」辛いこともあった。

思い通りに行かないこともあった。あぁ〜これでこの企画ももう駄目か、消えてしまうのか!とギリギリまで行ったことも
何度もあった。

でもその都度「諦めるより、信じることに賭ける」、「やらずに後悔するより、やって後悔しろ」精神で粘った。
B型だ、と想った。
ネルソンもいつも励ましてくれた。

そして3年経過した今日本当に多くの方々のご支援のお陰で自分の夢のプロジェクトを先ずは立ち上げることが出来、感謝してもしきれない。

まだ立ち上げただけなので、本番の2月まで、そして大会中、色々な試練が待ち受けると想うけど、
何としても悔いの残らないように引き続きまい進して行きたいと考えている。

実は、今年2回目の手術をした。体は動かない。でも朝8時頃には日本から電話がかかってくる。
夜は朝の3時ごろまでハワイから電話がかかってくる。行けないことを怪我をしたことを恨んだ。でも全てには意味が、理由があると信じている。

多分、ここ数ヶ月、この大会にかかりきりになっていて、心の中では高慢になっていた所もあった。回りのせいにしたり。
自分の夢に取り組める幸せをそっちのけにし、一人で全て背負い込んで。。。。

でも足を怪我して、周りの仲間を信頼して、気遣って下さる日米ハワイのビジネスパートナーたちの暖かい心に
触れることが出来た。記者会見終了と共に、現場の同僚たちやハワイのスタッフ、日本のビジネスパートナーたちから
「おめでとう。」「タケはいなかったけど、タケならどういう指示をだすかなと考えてた」
「記者会見中タケのこと考えてたよ」「居なかったけど、タケのスピリットはずっと感じれた」と泣きそうな電話を貰った。
ネルソンからも「良くやった、おめでとう」と電話してきてくれた。

そして怪我をしたことで記者会見の現場に立ち会えない切なさ、自分の子供の出産に立ち会えないのはこういう心境なのかなぁ、なんて感じた。

だからこそ、足が治って来年の2月の本番のときには、きっと健康に動けること、現場に立って陣頭指揮が取れること、
そして何よりも自分の夢を形に出来ることの幸せをまたかみ締めて真摯にこの大会に臨むための神様からの啓示だったの
ではないかと想う。
 
兎に角今は、この大会をついに単なる夢から世界に発表できた所まで持ってこれた幸せに浸りたいし、
この3年の間に数え切れないほど多くの方々の助け舟、ご指導、ご厚意、ご支援、励ましを頂戴することに恵まれ、それに深く深く感謝したいと想います。

本当に幸せ物です。



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11月26日(月)
世界中の皆様へ

明日、とある告知がMLS広報部から出ます。

明後日、某地で、とある記者会見が行われます。

僕が心血注ぎ込んできた3年越しのプロジェクトを世界中にようやく発表です。

確実に涙します。

記者会見はストリーミングで見られます。

追加で情報をここにUPします。



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11月23日(土)
再び手術

とりあえず成功でした。 

前回の左足の手術とは異なります。 
今回は右足のアキレス腱断裂でした。 
今年は、満遍なく両足手術です。 

目茶目茶痛いです。 
痛み止めを飲むと痛みは和らぐけど、すぐに寝ちゃいます。 

きついですわ〜。 



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11月17日(土)
正直言うと

心身共に参ってます。 

人生でこれほど、ストレスがたまっていると感じたことはありません。 

食卓の上にテーブルクロスを綺麗に敷こうと思うのに、風が絶え間なく吹き、それを必死に身体のあちこちを使って
何とか抑えているような感じ。 
このクロスの一つの角でも良いから早く、丁寧に釘を刺すことが出来れば、綺麗に後は敷くだけなのに・・・、と言う感じ。 

言葉では安易に表現出来ない状況で、気持ちも、身体も不調を表していて、どうしたら良いんだろう、と。
日本、ハワイ、そしてまた日本と、飛び回り、思うような成果も中々出ず、色々なプレッシャーもあり、
気軽に日記が書けずに来たけど・・・。 

唯一の、気晴らし「週末サッカー」も長い怪我からようやく、と言う時に今度は逆足を怪我した。 
ぼこって足首を蹴られた、と思い、痛みと同時にひっくり返ったら、誰も近くにいない・・・。 
アキレス腱が恐らく肉離れした際の音であった。そうしたら、「治ったばかりなのに、また怪我?」
「どうして俺ばっか?」
「どうしてこう全てが今、悪循環?」
と、ぼろぼろ仰向けに空を見ながら泣きそうになりました。 

フィールドに倒れて、もう何もかもがどうでもいいかも、と正直感じた瞬間は怖かった。 

でも、気分も落ち着いた今、前にも書いたように、これを人生でそうは出来ない経験、
そしてこの先にきっと何かが拓けるだろうと、自分は最後まで自分を信じなきゃ、と前向きに捉えられる様にまで
冷静になりました。 

とにかく楽しもう、と言う気持ちだけは持ち続けようと、ちょっとまた日記にこの心境を忘れないようにと。

  


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11月1日(木)
母国でのため息

日本にまたもや3泊5日の旅です。
ホテル暮らしも3週間目。
時差は良く解りません。とにかく寝る時間に寝てます。
しかし、母国に仕事で帰ることが続くと寂しさも募るものです。
母国は帰る所なんだろうなぁ、といつも着陸前に飛行機から下に広がる日本を見てため息をついてしまいます。







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10月1日(月)
うぃぃ

初めてWiiを友達の家でやった。 
汗かいた。 
そして筋肉痛。 

自分家にも買おう。

 


         Copyright © 2002 Takehiko Nakamura.
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